父と祖母の悪口を繰り返し言い聞かせた母が私に与えた影響

2018年7月20日

私達夫婦は子供がいないので、夫の稼ぎだけで十分食べて行けます。
にも関わらず、私は年間通してほぼ休みなしで働き続けてます。

「なんでそんなに働くの??」

周囲からよく聞かれる質問なのですが、それは、 私の育った環境にあります。

ちょうど年末年始に実家に帰省し、強烈な母に生気を吸い取られた所なので、そのことについて書いてみたいと思います。

意地悪な姑との同居から始まった両親の新婚生活

世は「昭和」のど真ん中。。。。同居は、珍しくない時代。

実家の隣もお向かいさんも同居でした。ちなみに実家近所にはまだ生きてる「現役お姑さん」もいます(98歳だったかな・・・)

を早くに亡くし、女手一つ育ててもらった父は、自分の母親に全く頭が上がらない、よくいえば優しい人です(悪く言えば親離れできてない)。

は、生真面目で、メンタルがとにかく弱い人。自分の失敗や人からの叱責に人1倍敏感に反応するタイプです(つまり外で働くのは全くむいてない)。

そして祖母は、生来の自信家気質に加え、女手一つで子供3人を育てる中で身に付けた処世術なのか、裏表の使い分けが上手で気が効く人です。

こうかくと、それぞれの長所を活かしたら最高の家族になりそうなものの・・・・

そうはいなかいのが現実の家族なんですよね。。。

父親と祖母の悪口を繰り返し聞かされて育った幼少期

「おばーちゃんは、お母さんに○○なことするんよ。」

「お父さんは、親に何一つ言えない」

ここにはとても書けないような過激な言葉もたくさんありました。

子供の時は母親が自分の全て。

私は、盲信的に母親のいうことを信じてました。

父はお母さんを守らない悪い人

祖母はお母さんをいじめる悪い人

同居の祖母と一緒の時間を出来るだけ短くするために働きにでるも、生来メンタルが弱い母は仕事がとにかく続かない。。

職場で何かあるとすぐに辞めて家に戻ります。

人付き合いが苦手な母にとって、遠慮のない子供だけが、コミュニケーションの相手でした。

そして自分と同じように、子供たちに「父親」と「祖母」を嫌いにさせようと必死でした。

おかげで、私の記憶には父親とのスキンシップの記憶がほぼありません。

ずっと父は「 情けない人」だと信じ込んでいました。

そして子供のやりたいことを何でも応援してくれる母を「 優しい人」だと思っていました。

働いて家を建てて、子供を全員大学に送った父を、情けない人と思ってたなんて、ひどい話です。。

ねこっけ
ねこっけ
母は自分が仕事が続かないことは棚に上げて、父の仕事に関しては全く評価してなかったんですよね。。男は働いて当然、が母の価値観でした。

 

大人になってから知った「アダルトチルドレン」という言葉

アダルトチルドレン(Adult Children)とは、「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ」という考え方、現象、または人のことを指す。
引用:アダルトチルドレン – Wikipedia

私が育った家庭は、まさに「機能不全家庭」。

社会人になってからこの言葉を知り、関連書籍を山ほど読んだのですが、読みながら手が震え、時には涙がこぼれることもありました。

私は、ずっと苦しかったんだ、お母さんのはけ口になるのが。

きっかけは社会にでた事、お金を稼ぐ大変さを知った

「ねこっけは、働き始めてから、言うことが変わった」

これは父から言われた言葉です。

大学を卒業し、一人暮らしを始めた私は、会社で働くようになりました。

1日の大半を一緒に過ごすのは、父と同じように働くサラリーマン

意地悪な人もいれば、偉そうな人もいるし、父のような優しい人もいた。

あれ?父のような優しい人??

「お父さんって、すごくいい人だったんじゃないかな。。。」

気の強い祖母のわがままと、依存心の強い妻に何を言われても強く言い返すことのなかった父。

そんな父を情けない人、、と思ってみてきたけど、それは大きな間違いだったのではないか、、と思い直すようになりました。

「30年以上働き続けた父をどうしてもっと敬えなかったんだろう」

私が変わったことで母の攻撃先が変わった

帰省すると、今までを取り戻したいと思うようになり、積極的に父とコミュニケーションを取るようになりました。

すると、母の言動が変わりました。

今まで自分を全面的に肯定してくれてた娘が、自分の嫌いな父と仲よくしようとしてる、その現実が許せなかったのでしょう。

私を激しく攻撃するようになりました。

私に対する直接的な攻撃だけでなく、兄に私のことを悪く言ったメールを送ってるのをたまたま目にしてしまい、これには私もかなりショックと受けました。

今までずっと何でも話し合う母娘でしたから。

「母にとって、私は都合のいいおもちゃだったんだ」

娘の結婚と姑の介護で、さらに悪化する関係性

気の強い祖母でしたから、介護も相当なもんでした。

仕事をしてない母親が介護することになり、それはそれは大変だった思います。

ずっと自分をいじめてた人間の介護なんて簡単にできるものではありません。

とにかく、家庭の歯車が年月をへるごとに悪い方向にばかり向かっている、それが我が家でした。

でも私にはもう、母により添えるの余裕が全くなかった。

家庭の問題から逃げるように夫と結婚しました。

実家から離れた場所で新婚生活を始めたので、母の攻撃はメールによるものだけになり、精神的には楽になったのを覚えています。

とにかく、いつ爆発するかわからない母に会うのが怖かくてしかたなかった。

 

世界を広く、家庭に閉じこもらない

母親をあそこまで、行きすぎた言動に走らせたのは、生来の気質に加え、「仕事をせず、自分の思い通りになる家庭に籠ったこと」が一番大きな原因だと思っています。

仕事でストレスを受けることは、必ずにも悪いことではありません。

人からされて気付く「人にしてはいけないこと」もありますよね。

何より働く大変さを忘れないようにしたい。

私はとても安易な人間なので、仕事を辞めてしまうと、すぐに忘れてしまうと思う。。

「母のような人間になりたくない」

外の世界とのチャンネルを持ち続けること。

これが、私が働き続ける理由です。

人は変わらない

姑は97歳で亡くなり、現在、実家は夫婦二人暮らしです。

父が末期がんのため療養中なのですが、母は相変わらずの罵倒っぷりで、この年末も激しく消耗しました。

正直2泊3日が限界。帰宅してから精神的な不安定さを暫く引きづります。

それでも死んだら死んだで悲しいんでしょうけどね~w

 

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